スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2017.02.25 Saturday
  • -
  • -
  • -

モヘンジョダロ(6) 博物館

最後に博物館を見学しようと思ったら、まあちょっと待て、とハッサン氏。何か理由があるようだが、例によってウルドゥー語で話されるので、何のことやらよくわからない。よくわからないまま、博物館の向かいにある考古学局バンガローに案内された。

続きを読む >>

モヘンジョダロ(5) VS&HR地区

続いて市街地をまっすぐに通る大通りを伝ってVS地区およびHR地区へ移動。ガイドのおじさんによると、DKエリアに比べて低い階層の人々が住んでいたエリアだそうだ。しかし、この数百メートルに及ぶ大通りと同様に煉瓦をびっしりと敷き詰めた舗装道路や井戸、排水設備など、インフラはやはり整っている。


モヘンジョダロ(4) DK地区

次は市街地のDK地区(これも発掘者の名前から付けられたもの)へ。貴族階級や職人などが住んだエリアとされる。やはり多くの井戸やゴミ捨て場、排水溝などが整備されている。


モヘンジョダロ(3) 城塞部

いよいよモヘンジョダロの遺跡を見学する。私たちの他に観光客らしき人の姿を見かけないのは、まだ9時すぎという早い時間だからだけではなく、やはり治安の関係で訪れる人が少ないからなのだろう。それにしても、むかし歴史の教科書に出てきた印象的な名前のモヘンジョダロ(とハラッパー)、それがパキスタンにあるとはパキスタンに来ることが決まるまで知らず、パキスタンに来てからもアクセスや治安が悪くて行くのは難しいと思っていたから、こうして実際にモヘンジョダロに立つのが嬉しくも、不思議でもある。


モヘンジョダロ(2) 陸路、モヘンジョダロへ

サッカルからモヘンジョダロまで陸路で往復し、夕方のサッカル発イスラマバード行きのフライトで戻る予定なので、朝は早めに7時出発。ハッサン氏の車の他、治安が悪いため道中護衛してくれる警察の車両も来ていた。チトラール旅行でもそうだったが、外国人旅行者が狙われたり事件に巻き込まれたりしないよう管轄区の警察で無償サービスで護衛を派遣してくれる。そのためにも事前に治安当局への届出が必要だったわけだ。


モヘンジョダロ(1) サッカル泊

3月半ばのカラチはもう夏の暑さ。半日外出しただけで汗だくになったので、ホテルでシャワーを浴びてさっぱりしてから、身支度をして空港に向かった。今回の旅の最終目的地であるモヘンジョダロは、交通の便が決して良くない。モヘンジョダロにも小さいながら空港があり、以前はカラチ発モヘンジョダロ着の朝のフライト(PIA便)があったが、今は夕方のフライトのみで、着く頃には遺跡も閉まっている。

続きを読む >>

1

PR

Calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

Latest Entries

Archives

Recent Comments

Categories

Facebook

Twitter

Search

Links

Banners

Feed

Weather

Powered by

無料ブログ作成サービス JUGEM